太田秀樹氏


1953年生まれ。日本大学医学部、自治医科大学大学院卒。1978年日本大学付属板橋病院麻酔科にて研修医。麻酔科標榜医取得後、自治医科大学整形外科、入局。同大整形外科医局長、講師を経て、1994年在宅医療を進める。医療法人おやま城北クリニック理事長。在宅ケアを支える診療所全国ネットワーク全国世話人。在宅ケアネットワーク・栃木代表世話人を務め在宅医療の普及に努力している。医学博士、日本整形外科学会認定医、日本医師会認定健康スポーツ医。

10数年間の大学勤務医を通して、教育や研究にも携わってきましたが、サイエンスとしての医学が、意外にも無力な場面に何度も遭遇しました。例えば老人の骨折の治療で、どんなに良い手術ができても、一度退院してしまうと、その後の彼らの生活を知るすべはありません。元気に歩けるようになった老人が、いつの間にか、寝たきりになって病院に舞い戻ってくることも少なくないのです。これは患者さんの責任ではなく、医療がもっと生活に密着したものでないと、患者さんの努力も、我々の誠意も情熱も社会で有効に作用しません。そんな思いが、在宅医療を進める開業医へと、私の人生を変換させたのです。
在宅医療を行っていると、今まで見えなかったものが、いろいろ見えてきて、目から鱗とはこのことかと感じています。科学的思考では問題解決できないことに直面し、心や情といった精神面での支援が、薬物療法以上の効果を示すことを知ります。家族のしきたりや、地域の慣習の理解、認識が療養生活にとても大きな影響があることにも、気づきます。常に医療者の視点でしか行動できず、患者さんの立場を無視した、いわゆるパターナリズム(父親的温情主義)のなかで胡座をかいていた医者であったことを反省させられます。
医療だ、福祉だという縦割の考え方は、制度の歪みだと思いますが、我々医師たちも、その垣根をこえる必要があります。市民が健康に暮らし、老いても、障害をもっても、幸せな暮らしを享受するため、安心できる医療や福祉システムの構築に、医師たちの意識改革が強く求められる時代の到来を感じています。